針葉樹の森はとても美しく、時々吹きつける風が地面に

積もった木の葉をかさかさと巻き上げていた。

「ディセンディウム―分解せよ!」

ハリーは杖を振り上げた。

「インセンディオ―燃えよ!」

ハーマイオニーがそれに続く。

「ブラカーナムインフラマレイ―黒く燃えよ!」

今度はが杖を振り上げ、闇の魔術の呪文を放つ。

これだけ呪文を雨あられとかけ続けたのに、肝心のロケットは

枯葉の堆積した地面に眠っていた。

「エクスパルソ―爆破!」

「ディフィンド―裂けよ!」

「レダクト―粉々!」

何もかも思い通りにならないことに業を煮やしたハリーは、思いつく限りの

呪文をロケット目掛けてかけまくった。

だが、何度杖を振り上げても結果は同じで地面に積もった枯葉を撒き散らすだけで、

ロケットにかすり傷一つつけることすら出来ないのであった。

ハリーは肩を怒らせ、大きく息をしながら忌々しげに問題のロケットを睨みつけた。

「普通の魔術だけでなく闇の魔術も利かないなんて・・いったいどうなってるの?」

彼が怒りに満ちた表情でロケットの鎖を首にかけるのを眺めながら、

はぼそりと呟いた。

「ダンブルドアは君達に分霊箱探しを託したくせに何で破壊の仕方を教えなかったんだ?

 こんなのおかしいよ」

ロンがハリーとを見比べてわけが分からないというように呟いた。



「ディーン・トーマスとゴブリンは人さらいの魔の手を逃れたもようです」

「ディーン本人がこれを聞いていたらご家族に連絡を」

キャンバス地のテントの中から流れるラジオが

こともなげに魔法界の最近の動向を伝えていた。

「大丈夫?ずいぶんうなされてたけど・・」

がクリーム色のカーディガンを身体に巻きつけながら心配そうに彼の隣に腰掛けた。

ハリーは先ほどまで不可解な白昼夢にうなされていたのだった。

「あのラジオの音を黙らせろよ、イラつく音だ!」

ハリーはそれには答えてあげずに、突然すっくと立ち上がると、

新鮮な血の慢性的な不足で日ごとに青ざめていくの代わりに

食べられそうな草を集めていたハーマイオニーに食ってかかった。

「いったいいつになったら次の場所へ動けるんだ!?」

「ロンはまだ治ってないのか!?」

「ハリー、それのせいだわ」

「何が?」

「そのロケットよ。外して」

ハーマイオニーは悲痛そうな面持ちで言った。

「落ち着いたでしょ?気分はどう?」

「ああ、さっきよりいいね」

ハリーは大人しく首にかけていたロケットを外してハーマイオニーに渡したのだった。

「これは交代で持ちましょ。その方が負担にならなくてすむわ」

ハリーからロケットを受け取ったハーマイオニーはさらりと言った。

「どうやらこれが私達の心に悪影響を及ぼしてるみたいね」

は眉をひそめて呟いた。

一度、彼女達は死にかけるような目にあった。

それはある晩、ハーマイオニーと共に見回りに出かけていると人さらいの一団に

出くわした時のことだ。

その時はハーマイオニーの保護呪文のおかげで、彼女達が隠れている木陰を

歩き回る人さらいの魔の手を回避することが出来た。

しかし、彼らの中に鼻の利く者がいてハーマイオニーのつけている香水を

しつこくかぎまわる者がいた。

それをから聞いたハリーはただちにここを発つことを即断した。

ロンが姿現し出来ぬ体なら、徒歩ででも大陸を横断すると。

「それから君の香水の匂い、僕やは好きだけどもうつけないで」

ハリーはそうハーマイオニーに言い含めた。

翌日は快晴で青々とした麦畑が美しかった。

しかし、まだ体勢が万全でないロン、

それから日ごとに弱りつつあるに徒歩での行脚は

肉体的にも精神的にもかなりこたえた。


「いったいあの二人は何を考えてるんだ?ちゃんと計画はあるんだろうな?

 僕にはそう見えないけど」

木のベンチに座り、ハーマイオニーの手当てを受けていたロンは愚痴った。

その彼の視線の先には風の吹きすさぶ河原で、お互いの体に毛皮のケープを巻きつけて

寄り添うハリーとの姿があった。

「私達にも先は見えないでしょ」

ハーマイオニーはともすれば皮肉っぽくなるロンをなだめた。

ラジオでは来る日も来る日も魔法使いや魔女の行方不明者のニュースが流れ、

それが魔法使いの旧家の出であるロンの繊細な神経を蝕んでいったのだった。




そして、ある晩、とうとう彼らの間で取り返しのつかない亀裂が生じた。

その晩は、いつものように夜の帳が下りてしんとしていた。

ロンはまんじりとせずにベットに横たわってラジオに耳を傾け、

は分厚いキャンバス地の仕切りで隔離されたベッドで

眠り姫よろしく深い眠りに落ちていた。

起きていたのはハリーとハーマイオニーだけで、彼女はここのところ伸びっぱなしになっ

ていた彼の後ろ髪をハサミでカットしてやっているところだった。

ここまで書けば和やかな晩のひとこまだと思われがちだが、

ハーマイオニーが愛読している分厚い本の中に分霊箱破壊の

ヒントが隠されていることに気づいてから事態は急変した。


「何だよ、隠すなよ、はっきり言えよ!」

ハリーは声を荒げて怒鳴った。

「じゃ、言うけど・・またろくでもない探し物が増えただけだぜ!」

ロンも負けずに怒鳴り返した。

「そういう不測の事態は覚悟してただろ?」

「ああ、そのつもりだったさ」

「じゃ、何なんだ?僕にはさっぱり分からないね!」

「いったい何が気に食わないんだ!?」

「この旅は高級ホテルに泊まって美味しいディナーを食べて、それで分霊箱を次々と見つ

 けだしてクリスマス休暇には帰れるとでも思ってたのか?」

「これだけ苦労してるのに収穫はたったこれだけかって言ってるんだ!!」

「君とがもっとダンブルドアから情報を聞いてると思ってたよ!」

「君には僕ら二人から全て話しただろ?」

「それで分霊箱も一つ見つかったろう?」

「ああ、聞きたくない!そうなりゃ残りを探して破壊するのも超楽勝だもんな」

「ロン、それよ。ロケットの悪影響だわ、外して」

ハーマイオニーが泣きそうな顔でロンの胸元からロケットを取り上げようとした。

「あなたはそんな人じゃない。その分霊箱のせいで・・」

なおもすがりつくハーマイオニーの手を跳ね除けてロンは唸った。

「これがヴォルデモートの狙いなんだわ。扱いにくいものを押し付け、

 仲間割れさせて私達を疑心暗鬼に陥らせる」

ロンやハリーの言い争う声が寝室にまで響いて目がさえてしまった

は空色のVネックのニットカーディガンをしっかりと羽織って彼らの前に出てきた。

その重すぎる言葉に三人はふっと口をつぐんだ。




しかし、精神を蝕んでいる害悪から逃れきれないロンは心にもない言葉で

ハリーを激怒させ、とうとうつかみ合いの大喧嘩をしてしまった。

「出て行け、今すぐ出て行けよ!」

ハリーはもう沢山だとばかりにわめき散らした。

ロンは望むところだとばかりに彼を睨みつけると、首にかけていたロケットを

むしりとって床に叩きつけた。

「君はどうする?ハーマイオニー」

テントの入り口のところでダッフルパックを背負ったロンはさっと振り返ると

怒りと期待をこめた眼差しで一番の理解者の彼女を見つめた。

「僕と一緒に出て行くか、ここに残るか聞いてるんだ!」

ロンはぎらぎらとした目つきで迫った。

「そんなこと出来るわけないでしょ!?」

ハーマイオニーは今にも泣き出しそうだった。

「そうかい、分かったよ。はともかく君らいつも夜二人でいたもんな」

ロンはここぞとばかりに皮肉っぽい笑みを浮かべて突っ込んでやった。

「どうして!?私はあなたが考えるようなことは何もしてないのに!」

ハーマイオニーは瞳を潤ませ、ヒステリックに叫んだ。

それから彼は怒りの眼差しをハリーとハーマイオニーに向けると

さよならも言わずにいつ果てるとも知れない夕闇へ消えていった。






























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