「前女王六世は強硬政策を取り、憎き侵略者であるテルマール人を片っ端から虐殺しました」
「しかし、王位継承権がカスピアン九世から十世に受け継がれた時、私は悟ったのです。
今こそないがしろにされてきた和平政策を取るべきだと」
七世は抑揚の効いた声で、いきり立つ住民に語りかけた。
「今、私達がこの王子を助けなければ、再び王座はナルニアを弾圧するミラースに奪われます」
「そうなればナルニアは二度と日の目は見ることはないでしょう・・」
は悲しそうに呟くと、薔薇色のモスリンドレスの裾を翻しながら緑の
芝を踏みしめた。
「彼女の言うとおりだ。私が王位につけば君達を不当な弾圧から救える」
「約束しよう。七世と協力し、ナルニア、テルマール二国の間に和平を」
カスピアンは希望に眼を輝かせながら、住民一人一人の顔を見渡して熱弁を奮った。
「遂に時は来たり」
「私は毎晩星を見る。天空では勝利の星と平和の星が出会ったのだ」
「地上ではアダムの息子と娘が再び我々に自由をもたらしてくれると言う」
それまで黙って話を聞いていたセントールの男性が物憂げな声で喋った。
「本当だろうか?」
「陛下の御世に平和が訪れる?信じられない!」
樫の木の上では一匹の赤リスが興奮したように囁きあっていた。
「2日前まで私は信じなかった。言葉を話す動物やセントール、ドワーフ、妖精の存在を」
「だが、テルマール人の想像を遥かに超えて君達は息づいている」
「この角笛が君達ナルニア人とテルマール人の私を結び付けてくれたのだ」
カスピアンは乳白色の角笛を誇らしげに掲げて宣言した。
「共に力を合わせ、侵略者達に奪われたものを取り戻そう」
彼の熱弁はセントールの心を動かし、ミノタウロス、フォーン、リーピチープ、小人達の
心を次々と動かした。
ここで鼻が利くアナグマが「ミラースの軍勢が迫っている」ことを告げにきた。
カスピアンとの顔に緊張が走り、二人はナルニアの住人達に
一刻も早く敵から武器を奪い、出来るだけ多くの戦力を収集することを知らせた。
「早くせねば、敵は森の貴婦人の本拠地まで攻めてくる」
カスピアンは、に厳しい顔で言い放った。
ミラース卿の陣営では皆、しなびたレタスのようにうなだれていた。
昨晩、何者かがテルマール軍の武器を積んだ幌馬車を襲撃し、根こそぎ武器を奪っていったというのだ。
「森を恐れるのは賢明だ。X&L」
グローゼルと呼ばれる将軍が、幌馬車の固い板に殴り書きされたチョークの文字を読み上げた。
「X、十世。カスピアンか」
「ですが、Lとは?」
「Lady・・森の貴婦人。フン、女のロビン・フッドか・・」
ミラース卿は傍らに控えるソベスピアン卿に苦々しげに呟いた。
「申し訳ありません。私の監視が行き届かぬばかりに」
「そうだな。これはお前の責任となろう」
「ところで、将軍」
「は?」
「昨晩の襲撃でお前の部下は何人死んだのだ?」
「一人もやられておりません」
「本当に?」
「深夜、幽鬼のように現れたので我々は姿も見ておりません」
グローゼル将軍は相当苦しい言い訳をするよりなかった。
「だが、鎧の下のお前の傷は何だ?私が知らぬとでも?」
その上官の言葉にグローゼルはちらりとソベスピアン卿を見た。
案の定、彼は底意地の悪い笑みを浮かべていた。彼がミラースに昨晩の失態を密告したのだ。
ミラースは、見え透いた嘘をついた武官を思い切り殴りつけていた。
「正直に答えろ」
「昨晩の野蛮人どもの襲撃で部下は何人死んだ?」
ミラースは気味悪い優しさを含んだ声で問いかけた。
「生き残ったのは・・三人だけです」
グローゼル将軍はおそるおそる申し出た。
背後に控える兵士達はことさらミラースと目を合わせないようにしていた。
「ソベスピアン卿。カスピアンは森の魔女に誘拐されたのではない。魔女と手を組んだのだ。 あやつはれっきとした謀反人だ」
「これでナルニアには新しい王が必要となるな」
ずる賢いミラースはにやりとほくそ笑み、傍らの部下にもっともらしいことを告げた。
次回、いよいよピーター達と対面です。