あの後、達に叩き出された超迷惑男もとい、泥田坊はラーメン店から逃亡する道傍ら、
ありとあらゆるテレビ局の生中継に乱入し、最終的にジライヤとの一対一の金網デスマッチに負けて
退治された。
数日後、隣の市内を走行していた猫丸は不審な乳母車を発見して急遽後を追っていた。
小回りの利く乳母車は、細い裏路地に逃げ込んだ為、達は一旦、猫丸を停車させ、
次々にバスから飛び降りて自分達の足で追った。
乳母車ががたごとと揺られて高架下を通過しようとしたので、皆はその前にあったバイク走行禁止の
ポールを乗り越えて追いかけた。
前を走っていた男達三人が急停止した乳母車を捕まえようとしたその時、ぱかっと
乳母車の前掛けが開いて、赤ん坊に扮した妖怪が彼らを挑発した。
怒った三人は妖怪に襲いかかろうとしたが、高架下の出口で待ち構えていた緑色の
触手に不意打ちされ、もんどりうって転んだ。
挑発に乗らなかった、サスケ、鶴姫の三人は、他の転んだ三人の身体を飛び越え、ガハハと高笑いする乳母車を追って
高架上の階段までよじ登ったが、すでに乳母車は影も形もなかった。
市内の病院にはここ数日、不審な乳母車に魂を抜き取られた患者が担ぎこまれており、
さすがの医師もどうしていいかわからず途方に暮れていた。
一方、猫丸のクレープ屋では妖怪の不意打ちを食らった男達三人が救急箱を持ち出して
怪我の手当てをしていた。
サイゾウは「今度見つけたらたたじゃすまない」と怒りに任せてカウンターを叩き、
セイカイも「あいつ、不意打ちなんてきたねえぞ」とぼやき、ジライヤも「Damn it!!(くそっ!!)」と
くやしそうに唸っていた。
「ぼやくのは後にしろよ」
「そうよ。妖怪子泣き爺に取られた魂を早く取り返さなきゃ」
こんな時もサスケと鶴姫は憎らしいほど冷静だった。
鶴姫のいう子泣き爺とは先日、市内で営業していた移動クレープ屋に
母親が動かないと泣き叫んできた女の子から聞いた赤ん坊に化けて、人間の魂を抜き取る妖怪のことだった。
「それは分かってるけど・・あの神出鬼没の乳母車をどうやって確実に捕まえるの?」
先週からの不運男、サイゾウの怪我を心配そうに見やりながらはまっとうな意見を述べた。
「そいつは俺に考えがある。こっちも乳母車を用意するんだよ」
サスケは不敵な笑みを浮かべて達に宣言した。
それから、偽の妖怪乳母車を作って子泣き爺を挑発しておびきだすというサスケの作戦に
乗っ取って、達はがらくたを寄せ集めて急遽臨時の乳母車をこしらえた。
「よし、こっからはジャンケンだ」
サスケは急に真面目な顔をして提案した。
「ジャンケンに負けた奴が、赤ん坊に扮してこの乳母車に乗って子泣き爺を待ち伏せする」
それを聞いた仲間からたちまち非難ごうごうの嵐が巻き起こった。
負けたら、一生人様に見せられない恥ずかしい格好になるはめになるのは
最も、想像力の乏しい者でも容易に想像できたからである。
サスケの掛け声でジャンケンを開始しようとしたメンバーだったが、サイゾウの「ちょっと待った、忍法、ジャンケン!」
の合いの手に各自、何やら空を仰いで願をかけ始めた。
サイゾウは目をしっかりと閉じて「グー、チョキ、パー、グー、チョキ、パー」ととっておきの念仏を唱え、
セイカイは「ジャンケンの神様、ジャンケンの神様!」と呟き、鶴姫は「赤ちゃんにだけはなりたくない!」
と祈る思いで、は「この勝負、絶対に負けられない!」と片手に握りこぶしを作って何やらうなずいていた。
「ジャンケンポン!」
各自願掛け後、皆、いっせいに振り向いて思い思いの手を出した。
「うわ〜っ!」「あ〜っ!」と歓声やら嘆きの声があがり、勝者は勝った手を高く掲げ、
敗者は負けたてを恨めしそうに睨んでくずおれていた。
「はい、お二人さん、どっちかもう一回ジャンケンして決めてね〜♪」
鶴姫のやけに嬉しそうな声で、敗者二人は再び手を組み合わせ、戦闘の構えを取った。
(お前にだけは負けたくねえ・・)
(何を〜そう来るならこっちも容赦しないわよ・・)
サスケは大胆不敵な笑みを浮かべてを挑発し、彼女も美しい唇をきりりと結んで彼の挑発的な
眼差しを跳ね除けた。
両者は眼から激しい火花を散らし、周囲で見守る勝者達には、あたかも敗者たちの後ろにそびえる守護神である猿と龍が睨みあっているようにも
見えた。
結局、守護神である猿とその守り主は龍とその守り主の女の子に敗北したのであった。
サスケが顔に赤ちゃん用メイクを施し、真っ白な産着と帽子に着替えて猫丸から出てくると、仲間たちは嬉しそうに迎えた。
「とってもお似合いですよ、ベビーちゃん!」
セイカイはサスケを乳母車まで引っ張っていくとにやにやして言った。
仲間たちは大爆笑だ。
「はい、こっちへどうぞ〜♪」
鶴姫はすごく嫌そうな顔で乳母車に乗り込むサスケを支えてやりながら言った。
「はい、ねんねしましょーね」
またまたセイカイが赤ちゃん言葉でゆりかごの中のサスケに呼びかけた。
「は〜い、おしゃぶりですよ〜♪」
「ガラガラだよ〜♪」
「ばあ〜」
「Hahaha!」
鶴姫、サイゾウ、セイカイ、ジライヤはますます調子に乗って、どこから調達してきたのやら、
可愛らしいべビー用玩具をサスケの口や、手に握らせたりしてからかっていた。
最初にジャンケンに負けただけは、さすがに可愛そうだと同情して苦笑いしていたが。
「さあサスケ、思いっきり泣いてみな!」
この場を仕切るやけに男らしい声のサイゾウに促されて、サスケはしぶしぶ可愛くない泣き声をあげてみせた。
「うわ・・かえって不気味・・」
はぞぞっと全身に悪寒が走るのを感じて、サスケに聞こえないように呟いた。
地下鉄の駅を上がったところにサスケの乗った乳母車は置かれていた。
そこは一番、人通りの多いところで、サスケはけなげにもガラガラを振りながら泣きつづけて
すれ違う人々の関心を引いていた。
だが、何だろうと興味本位に乳母車を覗き込んだ人々は「何コレ〜?」「変なの〜」「うわ〜大人だよ〜」
とか口々に呟いて、顔をしかめたり、失笑を浮かべる始末だった。
「あれじゃ、そのうち間違って警察に通報されちゃうかも・・」
黒山の人だかりが出来ている乳母車を、地下鉄の西出口に隠れて伺っていたは
気まずそうに呟いた。
「それ言っちゃだめよ・・あ〜、もう、だいたい寄ってくる奴が違うな〜」
サイゾウはに小声でそう呟くと、物陰から思い切って飛び出した。
「寄るな、寄るな、寄るなぁ〜これは妖怪乳母車だ!」
乳母車に立ちふさがり、大声で見物人を蹴散らすサイゾウの行動はかえって怪しまれただけだった。
「違うんです!これは見世物じゃないんです。あ、あの変なのは何!?」
いよいよ警察に通報しようか迷っている見物人に、とっさに機転を利かせたは
乳母車とは反対方向を指差してすっとんきょうな声をあげた。