彼は今、血まみれの師の体を抱えていた。
一方、彼女はあれほどまで敵の女を追いつめておきながら止めを刺せなかった。
「何故、私を殺さなかった?剣の腕はお前の方が上だったのに・・」
「行って・・早く行って・・二度と私達の前に顔を見せないで・・」
はとっくに忍び装束から、普段の夏の私服に衣替えしていた。
彼女は唇をかみ締め、負傷した敵の女に背を背け、それだけ言うのが精一杯だった。
何故、自分があんな行動を取ったのか理解できない。
サスケや他の仲間を追いつめ、一時は殺そうとまでしたのは他ならぬ憎きあの女ではないか。
(それなのに!どうして?)
「あの娘さんに伝えるんだ・・あの哀れな女を救うのは君しかいないとな」
「ミラが今やっていることは、彼女の本心ではない・・と」
最後の最後に善人に戻ったガリは最愛の弟子に、交通事故に会い、重体の娘を助けたい一心で妖怪に魂を売ったこと、
そこからこれまでの悪行の数々を詫び、苦しい息の下からへ重要なメッセージをいい残して死んだ。
「何で、何であの女を倒さなかったんだろう?」
は鉄道の跡地で、ジライヤから離れ、一人つくねんと座っていた。
「・・」
サスケが切り裂かれた片腕を押さえてやってきたが、彼女の喪失感漂う背中に何と言葉をかけていいか分からなかった。
「だって、サスケにこの怪我を負わせたのは・・」
「よくやったよ。とにかくお前が無事でよかった・・」
彼は彼女の憤懣やるかたない言葉を途中で制すると、黙って抱きしめてやった。
二人は激しい戦いで傷ついた腰や手を押さえながら、連れ立ってジライヤの元へ行った。
自らの手で敬愛する師匠を殺めた彼の悲しみは計り知れないほど深く、二度と立ち上がれないのではないか
と二人とも思ったほどだった。
その後、二人はこの呪うべき元凶を作ったヌエを呼び出すと、山の頂から自らの意思で飛んできた
忍びの巻で倒した。
小高い丘に立てられたブナの樹で作られた十字架のお墓。
それが、弟子から師匠へのせめてもの懺悔の気持ちだった。
ジライヤは墓の前に綺麗な花束を手向け、その場にふさわしく、一粒の涙をこぼした。
その後ろにはサスケからの連絡を受けて、大急ぎでバスを飛ばしてきた仲間達が立っていた。
そして、サスケやが肩に手をかけようとすると、彼は涙を拭き、無念の思いを断ち切るかの
ようにこの手で全ての妖怪を滅ぼし、殺された二人の仇を取ることを誓った。
「でもよかった。またこうやって五人揃う事が出来て」
「あ、痛っ!そこ触らないで〜!」
鶴姫が何気なくの腰に腕を回した時、張り詰めた緊張の糸が切れて安堵していた
は蚊の鳴くような声を上げて、芝生にうずくまった。
「ちょ、会ってそうそうどうしたのよ、いったい?」
「ちゃん、大丈夫?」
「無理しすぎカラダにヨクナイネ・・」
サイゾウ、セイカイが慌てて駆け寄り、ジライヤはの毎度毎度の無茶振りを酷く心配した。
「そういうジライヤだって、全身痣だらけ、顔、血が出てるじゃない!」
「よし、帰りは俺がおぶってやる」
「や、やめてよ!そんな・・手と顔怪我してるサスケはおとなしくしてて!」
は真っ赤になって、何やかんやとしゃしゃりでてくるサスケを牽制し、
鶴姫に猫丸から薬を取ってくるように頼んだ。
それから幾日も日をおかないうちに、六人はめまぐるしいほど様々な出来事に遭遇した。
ミラと対立関係にあった貴公子ジュニアの敗死、妖怪ビルの封印の扉の破壊の失敗、
突如、現れた鶴姫の父親との対決、そして、今まで影ながらサポートしてくれた三太夫の死。
そして、それに追い討ちをかけるように起こった残暑厳しいある夏の日の怪奇現象。
今日も猫丸は夏の残り少ない日差しを受けながら、国道沿いをのんびりと運行していた。
ここ最近、この界隈では顔を盗み取られる被害が続発しているようだった。
「こんなんじゃ警察も捕まえようがないよな・・」
「とにかくヌッペフホフを退治するべきよ」
セイカイと鶴姫は額を寄せ合って、被害状況が載った新聞記事を読み漁っていた。
「それにしてもそいつは、顔舐め取ってどうしたいんだろうな?」
「そりゃ、きっとそいつは顔面オタクのコレクターで、額縁にでも入れて飾ってるんじゃないの〜?」
サスケの一言に、本日の運転責任者のサイゾウは鼻歌交じりに答えた。
「うぇ〜、想像しただけでも気持ち悪い・・」
「想像するなよ・・」
自らもつられて想像しそうになったサスケに、新聞紙で頭をはたかれ、はサイゾウを忌々しげに睨んだ。
「で、どうする?こいつは荒れ寺に巣食う妖怪だから、片っ端からこの辺りの荒れ寺を襲撃する?」
「お前、だんだんやることが過激になってきたよな・・」
サスケの半ばあきれ返るような声、の提案に朗らかな声で笑うサイゾウだった。
人々が眠りにつく夜更け。
黒や白や暗緑色の忍び装束に身を包んだ彼らは、闇と霧に紛れて妖怪退治に出かけた。
皆が神経を張り詰めて、閑静な住宅街の門扉のところで立ち止まった時、
不謹慎にも気の抜けるようなあくびをサイゾウがやってくれた。
「今夜は出ないんじゃないの?もう帰ろうぜ」
彼は退屈しきって言い放った。
その言葉に、鶴姫は困ったようにたしなめ、は「何を弱気な・・」と呟いた。
「しっ!」
隣にいたの口を塞ぎ、ツバキの茂みに不審な気配を嗅ぎ取ったサスケは手裏剣を取り出した。
「そこだ!」
サスケの投げた手裏剣が茂みに命中する音、青白い三日月をバックに、少女の甲高い悲鳴が上がった。
「あらっ?女の子だよ・・」
サイゾウの眠気は、がさがさと茂みをかき分けて飛び出してきた影に完全に吹っ飛んだ。
「だいたいね、春香ちゃん、女の子が夜うろちょろしてるだけでも危ないのに・・」
サスケは、黒髪を二つに分けてリボンで結んでいる女の子に言い聞かせていた。
「そうでなくとも今は顔をなめとる妖怪が横行してて・・」
「その妖怪、ヌッペフホフに会いたいの」
滑り台にもたれかかりながら、優しく諭すの言葉を遮って、その女の子は大胆にも爆弾発言をした。
「誰が?」
「どうして?」
「顔を舐め取ってもらいたいから」
「何で?」
「新しい顔に生まれ変わるためよ」
「どんな?」
首を傾げ、矢継ぎ早に聞き返す忍達のことなど目もくれずにその女の子はとうとうと言った。
そこから先は皆、ほとほと度肝を抜かれたとでも言っておこう。
「少女漫画に出てくるお姫様のような顔になり、男の子達をかしずかせ、豪奢な暮らしをしてみたい」と妄想街道を突き進む女の子に
サイゾウは失笑し、は「私達の苦労、少しは分かってよ・・」と嘆き、セイカイは唖然とし、ジライヤは
「日本の女の子って・・」と呆然としていた。
「どう、いいアイデアでしょ?」
夢見る女の子は、ふと目に付いた鶴姫とに同意を求めてきた。
「だめ・・もうもう守りきれない・・」
はサイゾウの肩にポンと手を置くと、ため息をついた。
「え?ああ・・でもちょ〜っと不可能なんじゃないかな?」
「どうして?」
顔をひきつらす鶴姫に、不満そうに口を尖らす女の子。
そこでサスケは「あっ、そうそう、このサイゾウのお兄ちゃんが君を家まで
送ってくから!」と面倒な役目を最も適任の彼に押し付けることにした。
きょとんとする本人を尻目に、他の仲間もサスケに同調し、鶴姫などは「さっきから帰りたがったでしょ?」
と有無をいわせぬ笑顔で強制する始末だった。
「で、何でついてきたの?」
所変わって、夜道をつんとして歩くにサイゾウは尋ねていた。
「一人だと心配だから」
(そんなに俺のことを・・)とサイゾウが感激に打ち震えるのを無視して
は「な〜んか嫌な予感がするのよね・・」と一人考え込んでいた。