<七つの大罪>・下

 

 

現れたのは、――やはり<禁断少女>と同じ顔と肢体を持つ少女。

だが──

同じ美貌のなんと酷薄なことよ。

同じ眼差しのなんと峻烈たることよ。

夜の闇を切り取って生まれた<禁断少女>が、

闇の妖しさと優しさを身にまとうのならば、

冬の闇を切り取って生まれたようなこの魔少女は、

闇の厳しさ、残酷さのみを身にまとっている。

「……」

術式を封じられた<禁断少女>は、新たに現れた人外の美少女の前で、

まるっきり無力な子どもでしかない。

「はじめまして。私は──何だと思う?」

薄い桜色の唇をわずかにゆがめて、少女が問いかけた。

「……」

<禁断少女>は答えない。

だが、漆黒の瞳が揺れる様を見れば、彼女が相手が「何」であるか、

「識(し)って」いることは一目瞭然だった。

その視線を受け、少女は、艶やかに微笑んだ。

 

「そう。私は、貴女が一番畏れるもの。

貴女の全てを奪うもの。<書き手の七つの大罪>の六番目にして、

もう失われた一つ、<七つ目の大罪>を除く、今在る<大罪>の中で最強の罪……」

 

歌うような声に、<禁断少女>は耳を塞いだ。

目をつぶり、いやいやをするように後ずさる。

だが、新たな少女の声は、その拒否を、反抗を許さなかった。

少女の次のことばは、頭の中に直接響いた。僕の頭にも。

「――私の名は<放置>。

書かれ、そして未完のまま捨てられるものの化身。

そして、貴女を生んだこの人が呼び寄せたもの。

──貴女と言う存在を消し去るために!!」

僕が、<禁断少女>の抹殺を求めて召喚した<第六の大罪>が告げた真実に、

<禁断少女>は、床の上に崩れ落ちるように倒れ伏した。

 

「……この人は、貴女が疎ましかった。

どんなに考えても、どんなに努力しても、浮かばぬ続き、作れない物語。

未成熟な、完結できない物語は、いつしか貴女を生み出したこと自体を消したい過去と変える。

そんな時、書き手は……どうすると思う?」

少女は、いったんことばを切り、<禁断少女>の顔を覗き込む。

厳冬の真夜中の闇を映す瞳が、傷つき、震える黒瞳を捉えた。

凍てつくような一瞬。

そして、<放置>は静かにつぶやいた。

「物語を、貴女を、……放置し、捨て去るのよ。

虚空の果てに追いやり、記憶から無理やり消して」

「そ、そんな……嘘よ、嘘っ!」

反射的に<禁断少女>が叫んだ。

だが、彼女が、自分のことばを自分で信じられないでいることは

動揺にゆらぐ表情があまりにも正直にあらわしていた。

「……」

<放置>から視線をそらし、僕のほうに向けられた瞳。

すがるようなその光を──僕は消し去ろうとした。

「そう。その女(ひと)が言っていることは、正しい」

「――!!」

「僕は、君を消そうと思う。あの続きを書けないのなら、君はいらない」

「――!!」

愕然と目を見開く<禁断少女>は、あの日出合った少女ではなかった。

美貌は傷つき、ゴスロリの衣装は血と埃に薄汚れ、超自然の魔力を奪われた<禁断少女>は、

もう、僕にとって、女神のような存在ではなかった。

それは、自分の力に対する、自分の才能に対する、いや、自分自身に対する嫌悪感だった。

僕が、僕の文章によって呼び出した少女は、今や憎悪の対象でしかなかった。

「……そんな……」

かつては、それ自体が光を発しているようかに思えた瞳は、

僕の文章と同様にもはや輝きを失い、僕の心をとらえるいかなる魅力も持っていなかった。

 

「……この世で最も恐ろしいこと、何だかわかる?

愛する者に裏切られ、追放されること。貴女にとって、それはただの消滅ではないわ

あらゆる復活の可能性を、いいえ、あらゆる希望を失う滅び方……」

<放置>が、淡々と、だが冷酷に言い放つ。

そのことばの一片一片(ひとひらひとひら)が厳然たる事実であるのは、傍から聞いていても分かった。

塩の柱と化したように動かない<禁断少女>を見て。

(モウ、コノ世界ニ存在シタクナイ)

彼女の光の抜け落ちた瞳は、そう語っていた。

「……さよなら」

せめて最後だけは優しい声になっただろうか、僕は彼女に死刑を宣告した。

<禁断少女>は、返事をすることさえできないでいた。

 

「では、仕上げね」

凍りついたように身じろぎもしない、虚ろな<禁断少女>を横目で眺め、

<放置>は、はじめて笑った。

現存する最強の<大罪>にふさわしく、酷薄な、そして美しい笑みだった。

「この女、この状態になっても滅ぼすのは難しい。

でも、貴方の協力があれば、それは可能よ……」

黒と白のゴスロリ姿が、僕に近づく。

「見せてあげなさい、貴方が今、必要なのは、あの女ではなく、私だと言うことを」

そして、人外の魔少女は、その白く滑らかな手で、

ズボンの上から僕の股間をなで上げた。

「ううっ」

その幼い手の動きの信じられない淫らさに、僕はうめいた。

先ほど、何度も<禁断少女>の中に射精したというのに、

僕の性器は、あっという間に硬くなった。

「まあ、逞しい」

ことばとは裏腹に、<放置>の声は冷たく、どこか蔑むようだった。

それは、こんな年端も行かぬ少女に欲情する男への侮蔑か、

それとも書きかけた文章を途中で投げ出す書き手への軽蔑か。

だが、それすらも、僕にとって獣欲を促進する効果しかない。

それほどの美貌と、手技だった。

 

「ほうら、熱くなる、硬くなる」

冷たい声と、冷たい手が、僕の火照った身体を嬲る。

それでも、ズボンのチャックに手をかけられたとき、僕は反射的に身を捩った。

「あら、恥ずかしいの?」

<放置>の完璧に整った唇が、すうっと笑いの形を取る。

温かみも思いやりも1ミリグラムも含まれない酷薄な笑み。

その美しさに僕は、眩暈すら覚えた。

「見せておやりなさいな。貴方のを、あの女に……。

私の手でこんなに大きくして、精液を噴き出したがっている性器を」

するり。

まるで布地が石を持っているかのように何の抵抗もなくズボンが引き下ろされた。

パンツの布地は大きく盛り上がっている。

<放置>の手は、ためらいもなくそれを掴んだ。

「ふふ。<見ろ>と言いなさい。あの女は貴方に逆らえないわ」

「そ、それは……」

「あら、今さらためらうの?

あの女を滅ぼすのには、すべての希望を奪う必要があるのよ。

私と寝て、私のほうが具合がいい、と貴方が<判定>し、

あの女がそれを受け入れるのが、その手段」

弄うように<放置>は笑った。

「……それとも、このまま、パンツの中に射精しちゃう?

私はそれでもいいわよ。年下の女の子にいいように嬲られて、

服の上からさすられただけで、永久に射精し続けるような情けない男の子。

それも貴方にお似合いかもね」

「うああ……」

どんなサディストな男でも一瞬でマゾヒストに転向してしまいそうなくらいに

蟲惑的な声に、僕の心臓と性器は跳ね上がった。

僕は必死に射精を堪えた。

かすれた声で、返事をする。

「だ、だめ。やるっ、やるから、ちょ、直接……」

「なあに、直に手でして欲しいの?」

もどかしく頷くと、にやりと嗤った<放置>はパンツを下ろした。

僕の性器は、天を向いて狂おしいほどにそそり立っていた。

 

「ほら、みんな見てるわよ。貴方がおち×ちんをガチガチにさせているところ。

<誤字>も、<脱字>も、<投下後リロード>も、<脱線>も、<メモ忘れ>も──」

嘘ではなかった。

少女たちは、僕を取り囲んで、僕の痴態を眺めていた。

<放置>と同じ冷たい瞳で。

情けないことに、僕の男性器はその視線にさらに固く熱くなった。

<放置>の手が僕のそれを這う。

白い蛇が絡みつき、しごいた。

「ううっ」

あまりの快感に僕はうめいた。

何度かしごき、そして<放置>は、その手を離した。

「あっ……」

突然の快感の消失は、痛みにも似ていた。

「続きをして欲しい? なら、自分からおねだりしなさいな。

<私の手でしごいて欲しい>、って。――あの女に聞こえるように、ね」

「そ、それは……」

「<お前にしゃぶられるのよりも、お前と交わるよりも、この女の手でしごかれるほうがいい>、って。

実際、そうなんでしょう?」

僕の獣欲の全てを見透かす視線に、僕は逆らえなかった。

「……貴女の手でしごいてください……」

「他には?」

「き、<禁断少女>の……お口でしてもらうより、あそこに入れるより、

<放置>様の手でしごいて……欲しいです……!」

「ふうん。私が言えと命じたことより、よっぽどいやらしく残酷なことを言うのね。

それが、貴方の望み。心の奥底の本心。――貴方、よっぽどこの女が憎いのね。

聞いた? <禁断少女>さん?」

唇に笑みを溜めたまま、<放置>は<禁断少女>にことばをぶつけた。

「あっ……」

石化したように動かぬ<禁断少女>の頬を伝う、透明の雫。

「ふふ、泣いても無駄よ。これからが仕上げですもの」

<放置>は闇が広がるような艶やかな笑みを浮かべた。

 

「さあ、<書き手>、来なさいな。

私と交わりなさい、この女の目の前で」

<放置>は、僕に背を向け、ゴスロリのスカートをたくし上げた。

黒いスカートの中の白い尻が、残酷なまでにエロティックだった。

スカートをたくし上げ終わると、少女はそのまま上体を沈めた。

立ったまま足を広げ、その足首を手で掴む。

股の間から、美貌がさかさまになって僕を覗き込んでいた。

そして、その上には、性器も肛門も、

少女の全てがあからさまになって僕の目に晒されていた。

四つん這いよりも恥ずかしい姿で、<放置>は冷ややかに笑った。

「――このまま、来なさい。

キスも、愛撫も、睦み言さえなく、ただ欲望を満たすためだけに。

それが、あらゆる優しい言葉を忘れた人間、

ただ<書き手>であることから逃げたいと念じた貴方が一番望んだ欲望の満たし方のはず」

そして、それが<書き手>と<禁断少女>の間の契りを絶つ唯一の<手段>よ」

「……!!」

「ただ貴方の性器と私の性器とが交わる、粘膜のこすれ合い。

どんな想いも、技巧も、努力も、そして文章もいらない交わりで

私の中に射精したとき、<禁断少女>は、虚空の果てに放逐され、永久に放置される。

それが私の力――<書き手の第六の大罪>の力」

荒涼と、寒々しく、そして虚しい性交への誘い。

それは破滅と隣り合わせの甘美さを伴って僕の脳髄をしびれさせた。

僕はふらふらと引き寄せられた。

性器は、限界までいきり立っていた。

五人の少女たちがいっせいに笑う。

<書き手>であることから逃げようとする僕を。

自分の<禁断少女>を滅ぼそうと虚しい交わりに向かう僕を。

僕は、僕を侮蔑する少女の腰に手をかけ、

その幼い性器に、自分の性器を突き入れた。

愛撫も前戯もなしに、<放置>の中に自分をうずめる。

受け入れるのでもなく、拒否するのでもなく、<放置>の秘肉が僕に触れ、

僕は、立て続けに彼女の中に射精した。

 

「出し終えた? 満足?」

足の裏と、手のひらの四箇所を床につけたまま、<放置>が問いかけた。

「……あ、ああ……、もう出ない……よ」

どれだけ交わったのだろうか。

長い時間だったかもしれないし、一分程度だったのかもしれない。

劣情を吐き出した後は、疲労と虚無感が生まれるが、

<放置>との性交は、極限にまでそれが激しかった。

これは、まるでレイプだ。

本当に、ただ、精液を吐き出すためだけの、自慰にすら劣る性行為。

僕と<放置>、どちらがどちらを強姦したのかは分からない。

わかるのは、この交わりが最低のもので、

それに興奮して陰嚢の中身を全て空にしたぼくは、最低の男ということだ。

自分が生み出した<禁断少女>を自ら消そうとしている人間にふさわしいセックス。

「――では、処刑をはじめるわ」

<放置>はゆっくりと身を起こした。

白痴のように座り込む<禁断少女>の前に立つ。

「……もう精神崩壊を起こしているのかしら?

すぐに楽になるから安心しなさいな」

虚ろな瞳の<禁断少女>にことばを投げかけ、<放置>はもう一度スカートをたくし上げた。

白磁の手が、股間へと這う。

穢れを知らないような美少女が、自分の性器に触れ、

その中に溜まっている粘液をすくい取る様は、

今、最後の一滴まで精液を放ったばかりの僕が思わず唾を飲み込むくらいに淫靡だった。

「見える? 私の中に射精された、貴女の<書き手>の精液。

<禁断少女>たる貴女よりも、<放置>である私を選んだ証。

この精液が付いた手でならば、容易く貴女の心臓を貫ける」

そのために彼女は、僕と交わったのか。

白濁の汚液がからんだ指先が、身じろぎもしない<禁断少女>の左胸に当てられる。

黒のゴスロリをわずかに盛り上げる、つつましいふくらみの下にあるのは、<禁断少女>の心臓。

そして、<放置>、最強の大罪は、ためらうことなく、

その指先を<禁断少女>のそこにめりこませた。

 

<放置>の指先が、ずぶずぶと<禁断少女>の左胸に沈み込んで行く。

<第六の大罪>が、唇に酷薄な笑みを浮かべた。

「心臓に達したわ。――これでおしまいね。さようなら」

言うや否や、<放置>は体重をかけ、一気に<禁断少女>を貫いた。

人外の美少女の体が揺れた。

魔少女の白い手が、<禁断少女>の背中から生えていた。

少女の紅い血をからませて。

勝利の確信に<放置>が微笑み、

まわりを囲む五人の少女たちが嗤う。

その笑い声ごと、――闇が彼女たちを包んだ。

ことり。

五人の美貌がずれ、床に落ちる。

<誤字>を、<脱字>を、<投下後リロード>を、<脱線>を、<メモ忘れ>を、

一瞬にして世にも美しい生首に変えたのは、誰か。

 

「!!」

<放置>が声にならない叫び声をあげた。

動揺しきった瞳が見つめるのは、

今止めを刺した<禁断少女>ではないのか。

否。

白痴の如く床に座り込んだ少女は、もはやそこにいなかった。

代わりにそこにいるのは、五人の魔少女を一瞬にして屠った美少女。

「……<書き手の大罪>、七人の中の六人。大したものだったわ」

妖々とした声は、それまでの少女と同じ、そして<放置>たちと同じ声のはずだった。

だが、なぜ。

これほどまでに綺麗なのか。

よく響くのか。

僕の胸を打つのか。

「特に貴女。六人のうちでは最強を名乗るだけあって、よくやったわ。

──さすがは私の娘、とでも言っておこうかしら」

ゆっくりと持ち上げた顔は、六人の魔少女たちとまったく同じ顔立ちなのに、

なぜこれほどまでに。

可憐なのか。

美しいのか。

僕の心臓を高鳴らせるのか。

 

「でも、まだ色々なものがちょっとだけ足りないわね。

この人を渡すわけには行かないわ。だって、この人は……私のものですもの」

高らかに宣言して立ち上がった<禁断少女>に、<放置>は蒼白になった。

ずぶずぶと、<放置>の腕が、沈みこんで行く。

<禁断少女>の胸の中に。

だが、それが先ほどまでとは違って<放置>の意思によるものではないことは、

彼女のうろたえ、怯えきった表情でわかった。

人外の美少女の左胸は、全てを無慈悲に飲み込む底なし沼か流砂を思わせた。

「そんな、そんなっ、馬鹿なっ! なぜ……!?」

「なぜ術が効かなかったか、かしら?

それは……この人、やっぱり、貴女より私のほうがいいってことね」

<禁断少女>は小さく笑った。

それは、<放置>のそれよりもさらに恐ろしく、さらに美しく、さらに可憐だった。

魔少女の腕を沈み込ませている自分の左胸に、片手をそっと当てる。

すぐに離したその指先についているのは、真紅の血液ではなかった。

僕が見慣れた、白い粘液。

「私を葬るのに、あの人の精液を使うところまではなかなか良かったわ。

あの人が本当に私を消滅させるつもりなら、あるいは、そうなったかも知れない」

「あ、あの男は、それを望んでいだはずよっ!?」

振り向いた<放置>が、僕を見る。

だけど、僕は、魔少女の瞳を見返していなかった。

僕の目は、<禁断少女>に釘付けだった。

六人の魔少女より、もっと美しく、可憐で、恐ろしい少女に。

「そうね。たしかにそんな気にもなっていたかもしれない。

でもね、結局、男の子って──大好きな女の子にひどいことをできない生き物なの。

女の子が、大好きな男の子を滅ぼせないのと同じようにね。

あの人、心の奥底では、今でも貴女より私のほうが好きなんですもの」

傲慢なまでに言い切った<禁断少女>は、無邪気に笑う。

なんの説明も必要とせず、そのことばの正しさを証明する美しさで。

 

「貴女、いったい……何者なの?」

<放置>が顔をゆがめて泣き叫ぶ。

生きながら飲み込まれ、取り込まれているのだ。

禁断少女に。

「私? 私は<禁断少女>。

そして、<書き手の七つの大罪>のその七でもあるわ」

「――!!」

失われ、衣までは存在しないはずの<大罪>の名を聞いて、

<放置>の美貌が蝋のように白くなった。

「嘘……。あの御方は、とうの昔にいなくなってしまったはずだわ!

私たち、<大罪>を生み出したお母さまはっ……!」

「そうね」

<禁断少女>は微笑んだ。

幼い美貌のまま、慈母のように。

「貴女たちには寂しい思いをさせてしまったわね。

でも、もう一緒よ……。私の娘たち……」

<禁断少女>、否、<書き手の第七の大罪>は、<放置>の頭をそっと抱きしめた。

抱え込む繊手と胸とが彼女を飲み込んだとき、<放置>は歓喜の声をあげ、消え去った。

「……」

いつの間にか、部屋には僕と<禁断少女>の二人しかいなくなっていた。

床に転がっていた五人の<大罪>も、取り込んでしまったのだろう。

少女の背中から生えた、黒い翼が。

魔少女たちの首を刎ね、その身体を取り込んだ魔性の翼が。

「……君は、君は……いったい……」

自分のよく知る少女が、まったく別の存在になったように、僕は後ずさった。

裏切り、消滅させようとした相手が、女神に変わったかのように。

否。

彼女は、最初から女神だった。

その美しさに、僕は、息を飲んだ。

 

あの日、夢中でキーボードを叩いたのは、この娘(こ)に会いたかったから。

でも、僕は、もうあの続きも書けなくて、この娘にもう会えなくて。

それどころか、彼女を裏切って。

ひどく、ひどく、裏切って。

 

ごくり、と唾を飲み込んだ僕は、後ずさりした。

魔少女を一瞬で屠った恐ろしい女神から、逃げられるとは思わなかった。

ただ、<禁断少女>の前にいるということがそれだけで畏れになっていた。

そう。

<禁断少女>が微笑みを与える相手は<書き手>だけだ。

<書き手>の前に現れて、淫らな夢とインスピレーションの一夜を授ける幼き女神。

そして──物語を放置して逃げた人間は、もう<書き手>ではない。

僕は、彼女の前にいてはいけない人間だった。

だけど──。

彼女は、微笑んだ。

僕に向かって。

 

「あなたの問いに答えるわ。

私は、<禁断少女>。

そして<書き手の七つの大罪>の第七。

<真の最大最強の大罪>にして<唯一の贖罪>

……私の罪名は、<執筆>」

 

「……<執筆>……!?」

「そう。文章のどんな罪悪も、書くことから始まる。

でも、すべての喜ばしい文章もまた、書くことから始まるのよ」

<禁断少女>は、微笑んだ。

自分を裏切り、追放しようとさえ思った<書き手>に対して。

すべての罪の母親は、全てを赦す希望の少女であった。

 

「さあ、お馬鹿さん。自分が何をしたか、わかってる」

「……うん」

「そう。じゃ、自分が何をしなきゃならないかも、わかっているわね?」

「……うん、でも……」

もう、僕は書けない。

彼女を、彼女の物語を、書けない。

そんな僕を見て、<禁断少女>は、くすりと笑った。

「大丈夫よ。ほら」

<禁断少女>は、もう一度笑った。

僕の胸を高鳴らせ、血を沸き立たせ、ディスプレイに向かわせるときめきを与えて。

 

ああ。

この娘と会いたい。

この娘と話がしたい。

この娘とデートしたい。

この娘とキスをしたい。

この娘の裸を見たい。

この娘と交わりたい。

この娘と愛し合いたい。

 

心臓が苦しいほどにドキドキしている。

あそこが、信じられないくらいに熱く硬くなっている。

僕は、ごくりと唾を飲み込んだ。

「……ふふふ。それじゃ、待っているわ。貴方にまた会える日を」

<禁断少女>は、あの日、僕の心を奪った微笑を浮かべて、消えようとしていた。

「まっ……」

待って、と言おうとして、自分にその資格がないことに気がついた僕は声を詰まらせた。

書きかけの作品を投げ出そうとした、情けない<書き手>の自分には。

だが、僕の<禁断少女>は、薄れゆきながらにっこりと笑い、僕に近づいた。

「え……?!」

<禁断少女>は、僕の唇にそっとキスをした。

「うふふ。まったく、しょうがないわね、私の<書き手>さんは。

いいわ。また<放置>とかを呼び出さないですむように、

すこーしだけ、おまじないしてってあげる」

無邪気に微笑んだ超自然の美少女は、自分のスカートの中に手を差し入れた。

「んっ!」

ショーツを一気に引き下ろして、スカートをたくし上げる。

「ほらっ! 男の子ならこれ見て元気出しなさい!

そして、続きが見たければ──頑張ってねっ!!」

薄れゆく光の中で、いたずらっぽく微笑む少女のその部分が、僕の目に焼きついた。

 

「……」

全てが消えさった部屋の中で、僕はパソコンのディスプレイに向かい合っていた。

「夢……」

いいや。

ディスプレイに映るフォルダを見ながら僕はつぶやいた。

さっき消したはずのファイルが、復活していた。

書きかけ、途中で放り出し、抹消しようとしたファイル。

あの少女が出てくる物語。

僕は、そっとフォルダを閉じた。

二度と消そうとは思うまい。

いつか、この続きを、あの続きを書けそうな気がするから。

 

 

 

FIN

 

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